登坂力 
山を越えて頂へ
自転車にハマった人であれば、長い坂をスイスイと登ってみたいと誰もが思うものではないだろうか。実際の所、登りを得意とする人のスピードはかなりのものであり、およそ上り坂とは思えないほどのペースで走っていく。

ヒルクライム系レースやグランフォンド、ブルベにも山岳コースがあり、特にわが国は国土の4/5が山地である。上り坂は切っても切り離せない、ライダーの重要要素である。


 登坂力を決定する算式

登坂とは、水平方向への移動と、垂直方向への移動を伴なう。登坂力とはすなわち、この両方の移動力の事を指す。

水平移動力は、車体を前進させる力、動力の大きさであり、垂直方向への移動力は、重量の大きさによって決定される。

例えば、全くの平らの道を40km/hで走行する。この道が1%程度の登り坂になると、垂直方向への移動力が1%分加わる事になり、その分水平方向へ移動する力が奪われる為、速度がいく分落ちる。これが2%、3%と傾斜が強くなると、それだけ垂直方向へ移動する力が必要になり、速度がどんどん低下していく。
この垂直方向へ移動する力は重量であるから、同じ1%の登り坂でも、重量が重いほど、より力が必要になり、速度が低下する。

すなわち、登坂力とは、

登坂力=動力÷重量」

である。この、動力÷重量の数値が高いほど、重量に対して車体を前進させる力が強い事を示し、登坂力が高い事を示す。

登坂力を増加させる方法

この式から、登坂力を向上させる為の方法が分かる。
1、水平方向の移動力を向上させる
2、重量を低下させる

細かく記せば、

3、重量が増える以上に、水平速度を上げる
4、水平速度が下がる以上に、重量を落とす

事でも達成される。

ようするに、水平速度を上げて速く走れる力を身に付け、更に重量を低く抑えれば、登坂速度は劇的に向上する。

なお、登坂力に影響するものとして、登坂ライディング能力があるが、これは別項「登坂ライディングテクニカル」にて取り上げている。


 水平移動力

自転車を前進させる力の強さであり、動力(車体を前進させる強さ)が大きいほど、水平移動力は高くなる。

この水平移動力=動力は、パワーや持久力の向上によって達成される。つまり登坂速度を向上させようと思ったら、動力を高める為に筋力を強化したり、持久力を強化して、より速く走る能力を身につける必要がある。

この「水平移動力の強化」については、前項「平地力」に記した通りである。

つまり、登坂力をつけようと思ったら、「平地力」に記した平地力を強化するトレーニングが必要である。坂を登るのではなく、ローラー台や平坦なコースなどを使って「平地」をより高速で走行するためのパワー、持久力のトレーニングを実行し、動力を向上させる。

この、坂を速く走る為に、坂ではなく「平地を速く走るトレーニングをしなければならない」という点は、一見連想しにくく、違和感を感じるかも知れない。一般的には、坂を登るほど、坂力なるものが蓄積し、次第に坂で速くなるに違いないと考えやすい。勾配のキツい坂ほど一層坂力が蓄積すると考えるケースもみられる。

しかし前述のように、登坂力は「動力÷重量」によって明確に決定される。坂を何回登ったかという条件は含まれない。つまり、何十回も激坂を登ろうとも、それが動力の強化や重量の低下につながっていなければ、登坂力は向上し得ない。逆に坂を一度も登らなくとも、ローラー台や平地で効果的な動力強化を行ない、合わせて重量を低下せしめれば、登坂力は劇的に向上する。

実際の所、トレーニングとしては、ケイデンスや負荷が安定しにくい山道を走るよりも、安定した平地区間やローラー台で正確に強化した方が、トレーニング精度を上げやすい。
当クラブにおいても、ロクに峠道を登ろうとせず、ローラー台での動力強化と減量ばかりに明け暮れた選手が、Mt富士で2年の間にタイムを1:28から1:07にまで縮め第一ウェーブ出走権を獲得したのが実際である。
山を登るのは、実際にはその山をいかに効果的に無駄なく走破するかといったテクニックと言った実践走が中心となる。
例えばランス・アームストロングは、マドンという、さほどきつくない山道で、効果的に、無駄なく、妥協せずに走りきるという実践練習を繰り返していた。このような練習は山でなければ出来ない。これら要素は、「ライディングテクニカル」にて詳細している。


 クライマーとスプリンターの関係

水平方向への移動力の向上には、パワーの増大が不可欠であるが、これを筋肉量の増大によって達成すると、後述する「重量」の影響によって、速度が相殺されてしまったり、逆に遅くなったりする。

水平移動を得意とするクロノマンやスプリンターは、より高い速度を出す為に、より多くの筋肉を持つ為体重が重く、出せる力は高いが、それ以上に重くなって、動力÷体重の数値が低い事が多い。

この逆に、筋肉が少なく水平を移動する力は弱いが、それ以上に体重が軽ければ、出せる力は弱くとも非常に速い速度で登坂する事が出来る。これがクライマーである。


 オールラウンダーの秘訣

水平の移動力の向上は、当然平地の移動速度が向上するし、意外にも登坂速度の向上にも繋がる、という、平地と登坂という、一見反するもの両方が向上する理屈になる。
こんなウマイ話しを疑問に感じるかも知れないが、これを実際に行っているのが、オールラウンダーである。
オールラウンダーは水平移動力を、体重増加を伴なう筋力の増大にはあまり頼らず、持久力の向上など、体重増加を最小限に抑えて高い移動力を獲得している為、動力÷体重の数値が高い。その為、水平の高速移動力を獲得しながら、そのスピードを体重に邪魔されずに走る事が出来、登坂速度も加えて速い。

つまり、体重が増えずに平地の速度が向上した人は、ほぼ確実に登坂力も向上している。逆も同じである。

これを実現するには、体重のバランスが必要である。筋力を得る為体重を増やし過ぎると登坂力は失われる。逆に筋力を抑えすぎると、軽くはなるが力が不足し、平地での空気抵抗に阻まれる。
一概には言えないが、オールラウンダーの多くは、体重がBMI値に収まっており、この範囲内がバランスの良い体重であると考えられる。


 重量の影響

垂直方向に移動する力は重力によって影響を受ける。つまり重いほど持ち上げるのに必要な動力が増える。

例えば同じ1%の勾配であっても、重量が大きい方がより大きな動力を必要とし、その分前進の妨げとなる。更に勾配が増すほど、垂直方向への移動が大きくなる為、一層前進を妨げられる。極論、重量が0kgであれば、たとえ45度の勾配であっても妨げられる事は無い。

この重量とは、「ライダーの体重」と「車体重量」を足したものである。


 バイクの軽量化

UCI(世界自転車競技連合)では、過熱する車体の軽量化(それはすなわち強度の低下を伴なう)を抑制する為、車体重量を6.8kg以上と定めている(もっとも、UCI主催でないレースや日常の交通走行では無関係だが)。

これは逆に言うと、車体重量が6.8kg以上あるバイクは、その分ハンディを負う事になる為、出来る限り6.8kgに近づけるよう努力したい。

車体の軽量化には、残念ながらお金が掛かる。軽い部品は得てして高額な部品であり、基本的に金をつぎ込むほど軽くなる傾向が強い。

その中で、特に重量を落とすのに有効な自転車部品を取り上げる。。

1、駆動・制御部品
シフトレバー・クランク・ディレイラーなどの、自転車の駆動・制動部分を担う部品群である。この部分は自転車の中で占める重量の割合が高く、その分軽量化をする余地が多いにある。
例えば、SHIMANOの2300モデルをULTEGRA6700に取り替えると、半分近い約1.5kgの軽量化となる。コンポーネントはすべて揃えると高額となるが、1g辺りに掛かるお金で見ると、それほど高額ではない。

2、フレーム&フォーク
こちらも車体重量の多くを占める為、落とせる重量も大きい。自転車の部品は、このフレームにくっつけて組み立てていく為、大元であるこのフレームを軽くしておくと、落とす事が出来る重量の限界を低く出来る。
1.5kg前後で10万円前後だと相当効率は良い。軽いと1kgを切るものもあるが、ものによっては1g辺りに掛かる金額が高いものもある。なお、フレームの重量に、フォークの重量を加えていないケースもあるため、注意が必要である。

3、車輪
駆動部やフレームに比べると、落とせる重量は半分程度となるが、値段は変わらない事も多いため、1g辺り落とすのに掛かる金額は倍になってしまう。ただし車輪は移動に直結する部分であり、軽い車輪は回りやすいなど、単純に重量以上の効果がある。


多くの自転車では、重い部品ベスト3である、「駆動・制御部品」「フレーム」「車輪」の3つを軽量化すれば、大幅な重量低下に繋がる。元が10kg程度の自転車であれば、この3つの交換で7kg台は問題なく落とし込める。


これに以外に、元がそれほど重くないので、落ちる重量も数十グラム程度であるが、金額が小額であり、比較的調達し易い部品を3つ上げる。

・シートポスト
200g以下で1万円前後が理想。120gを切る2万円程度のものもある。垂直タイプのシートポストほど余計な部品がない分軽い。また、必要以上に長い場合は、カットすれば更に軽くなる。

・サドル
200g以下で1万円前後が理想。高級品では100gを切るものさえあるが、非常に割高になりやすい。また軽いほどクッション性が無いとみてよい。

・ハンドル
こちらも200g前後で1万円前後。170gを切る2万円程度のものもある。横幅が狭いものほど軽くなるが、ライダーの体格と相談する必要がある。

ただし、軽量化は肉薄となり、強度が低下する欠点がある。特に「重量制限」が記されているホイールなどは、その分の強度しかないと思った方が良い。


 ヒルクライムレースの為の軽量化

レースの中には、登り坂しか存在しないレースがある。これらレースで、6.8kgに出来るだけ近づけたい場合、最後の一押しとして軽くする方法を4つ取り上げる。

・フロントアウターリングを外す
大ギアを使用しない事を前提に、インナーギアだけにしてアウターを外してしまう。およそ100〜150g程度軽くなる。ただしインナーギアだけに出来ない構造のものもあるため、その場合は軽量化はできない。

・フロントディレイラーを外す
フロントを変速する必要が無いのだから、ディレイラーを撤去する。合わせてワイヤーも撤去する。およそ100〜150g程度軽くなる。

・チェーンを短く切る
アウターを使わないのだから、たるんだ不要なチェーンは切ってしまう。およそ数十g軽くなる。

・バーテープを撤去する
ちりも積もれば1kg削減の典型だが、バーテープ自体は20〜50g程度ある。エンドキャップも不要、更に徹底的になるなら、シフトレバーのラバーキャップも外してしまう。意外に肉厚で、両方で50g程度ある。


 ライダーの軽量化

重量低下において、その占める割合が圧倒的に高いのは、乗車しているライダー自身の体重である。

車体を軽くするのには資金面の負担が大きく、6.8kg以上という制限があるが、それに比べて金も掛からず、人によっては10kg以上も軽量化出来るのが、ライダーの痩身である。特に、ほとんど使う事がない大量の脂肪を、わざわざ山の頂まで運ぶ必要はない。
これらを取り扱った「痩身」ついては、内容が好評であった為、別項目で取り扱うこととする。

ここでは、それ以外のライダーの軽量化を挙げる。

●装備品
忘れがちなのが、ライダーが装備しているものである。つまり、服、ヘルメット、靴、などがある。一つ一つは小さいが、全て集めると大きな重量差が出る。例えば、アームカバーやレッグカバー、インナーシャツなどを合計すると、0.7kg〜1kg近くになる。

これら点から、走行に支障の無い程度で、不要な装備は撤去し、重量を抑えるのが有効である。例えば、1時間程度のヒルクライムレースであれば、アーム・レッグカバーは使わず日焼け止めを塗るとか、ジャージ一枚でインナーは着ないとか、サングラスを掛けない、靴下を履かない、などの方法が挙げられる。

また、ヘルメット、バイクシューズも重量としてそこそこあり、軽いものと重いものでは200g程度の違いがある。

●水、食料
水は500mlで0.5kgであり、2本も携帯したら大幅な重量加算となる。そのため、登りでは必要以上の水や食料を持たず、登った後に水を調達するなどの重量計画が有効である。
特に1時間も掛からないようなヒルクライムレースの場合、スタート前にある程度飲んでおけば、余程猛暑でない限り、給水しなくとも完走可能である事も多い。水自体を持たなければ、ボトルケージもボトルも持たずに済む為、更なる軽量化を実現する。日常の走行においても、水を補充した直後に山を登ったりせず、頂上又は下り、あるいは下り終わってから調達した方が無駄な重量加算にならない。


 登坂がタイムに及ぼす影響力

タイムトライアルをするとして、平地→登り→下りと均等に続くコースを走るとする。
その中で、1箇所だけスピードを上げて走る事が出来るとした場合、その効果が最も高くなるのは登坂である。効果は、登坂>平地>下りの順となる。

かつては登り坂で果敢にアタックをし、タイム差を付けるような戦法は見られなかったが、今日では大幅なタイム差となって成績に大きく影響する事が分かるようになり、山岳はむしろレースの局面となっている。

理由はいくつかあるが、登坂が成績に影響する代表的なものを上げる

  1. 1km/hの比重が高い
    例えば、同じ1km/hのスピードを上げる場合、40km/hを41km/hにすると、1時間で1分30秒の短縮となる。
    これが20km/hを21km/hにした場合、タイムは3分の短縮である。
    つまり、速度が遅いほど、同じ1km/hの速度を上げる「影響」が高くなる。

  2. 空気抵抗ロスが少ない
    空気抵抗は、速度の2乗に比例する。その為高速閾ではほとんど空気抵抗にエネルギーを費やす事になってしまうが、元々速度が出にくい登坂地帯では、そのエネルギーを純粋に前進する力に使う事が出来、エネルギー効率が良い。

  3. 低速・高負担時間の短縮
    登り坂は速度が低下するが、登坂速度が速い人ほど、その遅い登坂地帯を速く終了させる事ができる。
    例えば20kmの坂を、1時間(20km/h)で走る選手と、倍の2時間(10km/h)で走る選手がいたとする。
    この2名が1時間走った場合、その距離差は10km(タイム差1時間)であるが、問題はこの先である。遅いほうの選手は、更に1時間かけて坂を登らなければならない。
    この坂の先が平地で、両名とも平地を40km/hで走る力があるとすると、遅い選手が坂を登りきった頃には、先に登った選手は既に平地を40km移動し、その距離差は50km、タイム差は更に拡大して1時間25分になる。この25分分が登坂で発生した追加ロスである。

    もうひとつ加えれば、遅い方の選手は、速い方の選手の2倍の時間、坂を登り続けなければならず、その分負担が大きい。

このような形で、もっともスピードの出ない上り坂を最速で通り抜ける事が、最もタイム短縮に影響が大きい。
ツールドフランスなどでも、序盤の平地ステージではたいしたタイム差は着かないが、山岳ステージになると選手間のタイム差が大幅に開くのが通常であり、その山岳に備えて力を温存したり、調整したりするのが通常である。

一般的な走行では、速度が出やすい平地(や下り)で力を入れ、速度が低下し肉体的にも辛い山岳では力を抜く走りを見受ける事があるが、これは最もタイムロスが大きく肉体に負担が大きい。特に平地で力を使い、山岳で力を失うと、余計に「山岳を走る苦痛の時間を延ばす」ことに繋がる。


 ペース配分

コースを最初から最後までフルアタック出来れば問題ないが、距離が長い場合、解糖閾値は持って2時間弱であり、その高速時間を、どこで使うかという問題が発生する。

この場合、解糖閾値で走る筆頭になるのか、登坂地帯である。最もタイムロスになる登坂を速やかに登って通過する事を狙い、エネルギーを登坂で使い、平地や下りでは休息に徹する走りが、ロードレースでは定石となる(それを逆手に、下りでスピードを上げて逃げる作戦もある)。

例えば200kmの行程があり、前半に1時間は掛かるであろう峠、後半に30分は掛かるであろう峠かある場合、この山道の計1時間半に力を割り当てる戦略を計画する。残り30分は、平地や部分的なアップダウンなど、次にタイム短縮の効果が見込める箇所に割り振るなどして、ペース配分を決定していく。

連日で実施されるステージレースにおいては、この解糖閾の考えを、「連日」で計算しなくてはならない。例えばステージ4日目に山岳があるとする。当然ここはアタックどころであり、全力で登るべきであるが、その前日にうっかり解糖閾値で走り回っていると、山岳を前に足が無いという悲惨な目に遭う事になる。

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