スプリント・集団テクニカル 
集団性が戦略を生む
 ゴールスプリント
ゴールスプリントは、突き詰めれば、他者を疲れさせ、あるいは他者に自分を加速させ、、ここぞという場面から全力で走って、最終的に1番でゴールすることを目指す。

そのため事前にトレインを形成し易い条件(仲間同士など)があれば協力・共闘という作戦が取られ易いが、まったくの敵同士の場合、完全に個人対個人の戦いとなり易い。

しかし、完全に個人戦であっても、やはり性質は、トレインの項で解説した先行選手や番手選手のように、その走る位置によって特性が出て来るから、これを利用した走りが行なわれる。そしてそれをいかに利用するかが、戦略である。

ハッキリ言えば、ゴールスプリントに絶対勝てるという定石は存在しない。絶対に勝てるのであれば、競輪という公営ギャンブルは存在しない。極端な事を言えばじゃんけんのように、ある時グーを出せば、敵はパーを出している事もあり、ある作戦が失敗したからといって、その作戦が今後も通用しないとも限らない。

問題は、どの作戦に最も勝算があるか掴む事であり、刻々と状況が変化する中で、作戦をいかに切り替えていくか、瞬時の判断が要求される。


 基本パターン

2度として同じ展開にならないゴールスプリントは、内容が複雑で大変に頭を使う。しかしその攻め方は大きく3つに分類され易い。これはやはり、トレインの競輪の項目にも共通する、「逃げ」「追い込み」「捲り」の3つである。

●逃げ
独走力に自信がある場合や、敵の虚をついて単独でアタックを掛け、いく分か敵より前方を走る事によって、追いつかれる前に先着する事を狙う戦法である。競輪でいうところの先行に該当するが、後続を振り切る事を狙う点が異なる。

独走力が高く、一度抜け出せてしまえば、後続に追いつかれる事なく逃げ切れる選手には向いた戦術である。また、多数の選手とゴールスプリントを迎えると勝算が非常に低いと判断できる場合でも、アタックをかけ、いく分リードを取り、そのまま逃げ切る事で勝利の確率を上げる。

独走力に秀でる場合では、その選手が持久しきれる地点、およそ解糖閾の限界とされる、ゴールまで40秒程度前からのロングスプリントを掛けるケースが多い。

一方で、残り10kmといった地点から飛び出し、そのままの逃げ切りを狙うケースもあるし、ゴールスプリントが開始する少し前に飛び出して先行逃げ切りを狙うケースもある。ようは、アタックが決まり、後続を引き離して自分がリードを取り、そのまま追いつかれる前にゴール出来そうな勝算が見えた地点が仕掛けどころとなる。

特にロードレースは、地形が起伏に富む為、登り坂を利用したり、狭い道や悪路を利用してアタックを掛けるなど、地形がアタックポイントとして影響し易い。

逆にこの手の戦法を防御または利用する為には、逃げを試みそうな選手を集団の前に出さず、常にアタックのチャンスを摘んだり、逆にアタックのしどころなどでは、十分に追走する準備を整え、アタックを早々に吸収する。または、自分もそのアタックに乗り、共に逃げるなどの戦法が上げられる。

●追走
主に誰かの後ろに付いて自分を引かせ、最後に追い抜いて先着を狙う。
しかしゴールスプリントの場合、アタックが開始される距離の長さもあって、先行する選手が途中で失速したり、別のライン(先行する選手)に飲み込まれてしまうリスクも高い。その為追走の決め手は、いかに足が残っていそうな先行者を捕まえ、この先行者を守る為に後続から追い抜いてくるラインを防ぎ、あるいは別の伸びそうなラインに乗り換えていくかという、機転が利くかどうかに影響され易い。

また、極端な事を言えば、逃げを決めている選手や先行する選手以外は全員追走選手であり、誰もが自分が先着する為に人の後ろに潜り、アタックを掛けた選手にしがみついて前方に出て、ゴールの瞬間にタイヤ1つ分の差をもぎ取って勝利するのである。
追い抜き、更に追い抜き、また誰かが追い抜く、という状況が繰り返されてゴールを迎える事が多い中で、自分の立ち位置をよく理解し、邪魔されずに走る事が出来る隙間を逃さずに飛び出したりなど、状況を良く理解した瞬時の判断や、経験を蓄積させた展開の読みが大変に影響する。

●捲り
長い車列が出来ては後方からのアタックとなってしまい、そのままでは先着は難しくなる。特にロードレースは人数が多いから、後方からスプリントを掛けても、もはや追いつけない。状況によっては自ら先行になって空いたラインをつき進み、前方に果敢に飛び出していく判断が必要である。


 ゴールスプリントの折り重なり

ゴールスプリントとは、このような3つの走り方が複雑に絡まって展開される。
最初に逃げ、それを追走して追いつき、その選手を利用した後ろの選手がカウンターでアタック、それをまた追いかけ、抜かして抜かして、最後に大外から捲ってきた選手が空いたラインを突き進んで勝利。
このように、ひたすらぐちゃぐちゃである。

このような状況において、つねに自分の置かれた立場を理解し、展開を読み、最も勝算が高い道を選択していく能力が問われる。これはただスプリントをして経験を得るだけでなく、碁や将棋のように終わった後に再考(検討)して理解を深め、また多くのレースの映像を見るなりして、知識を身につける事である。


 逆算の詰め将棋

「逃げ」や「追走」といった代表的な戦術の中で、どれを選択する事が最適であるか、その状況判断に利用される一つの方法として、逆算がある。

3名の選手がゴール間近に迫っていると仮定する。1名はスプリントに強い大型選手、1名は並程度の力を持つ中型選手、もう1名はスプリントが苦手な小型選手とする。
この場合、各選手が、それぞれ1着となる為にはどのような戦略が考えられるか。

そこで、このような選手が1着でゴールしたと仮定し、どのうな方法で一着になったかを一つ一つ道を戻し、今現在と連結させる事で、ゴールまでの迷路に一本の道を繋ぐ。

●小型選手の戦法
小型選手が1着でゴールしたと仮定する。この場合、どのような戦術が考えられたか。
もっとも勝利の可能性が低いのは大型選手との勝負であるから、この選手を無力化する作戦が必要である。特に、中型選手と大型選手を戦わせて自分への注意をそらさせたり、疲れさせたりすると有利になる。

他には、大型選手と一緒にゴールすることは不利であるから、早めのアタックを仕掛けて一定のリードを取ったまま先着する戦法や、中型選手と共闘して大型選手に対抗し、大型選手の隙を付いてアタックを掛ける、などの作戦が上げられるだろう。次は、その作戦が決まり易いように具体的に動いていく事になる。

●中型選手の戦法
最も勝ちの可能性が下がる大型選手を振り切りたいため、事前にアタック仕掛けたり、小型選手と共闘するば、有利に展開出来る。特に小型選手と逃げが決まれば、最後は小型選手を料理し易いため、より勝利の可能性が高い。

●大型選手の戦法
順当に行けばそのまま勝てるはずである。つまり小型・中型選手のアタックを潰しておく、中型選手と競い合って余計な消耗をしない行動が考えられる。特に最も勝利の可能性が高いのは、中型選手を潰しておく事であるから、小型選手をアシストして中型選手の敵を増やす。逆に小型選手と中型選手が共闘して挑んでくるのが最も勝算が低くなる為、この両者が連携出来ないようにするなどの防御策が有効である。

●矛盾と三くすみ
以上のように、一方の選手に有利な先方であれば、それを潰す戦法がライバルの戦法となるし、それを利用してもう一方のライバルには有利に働くなど、まるでじゃんけんのように有利不利が表裏一体となっている事も多い。その為、いかに自分に有利な展開に持ち込み、一方で自分が不利となっていく展開を潰していくかの両面を判断する力が重要となる。

 カウンターの詰め将棋

大型選手は残り10秒の地点からアタックすると、中型選手は追いつけないとする。であれば、中型選手は10秒より前から追込を掛ける、あるいは10秒前に大型選手に一定の距離をとるアタックを決め、逃げ切る作戦をとる。

このように、相手が取るであろう作戦を計算に入れ、その作戦を潰す(むしろ利用する)、カウンターを仕掛ける。

大型選手は、残り10秒からアタックすれば確実に勝てるのであるから、この状況に持ち込む作戦をとるであろうから、これを利用して自分が有利に展開出来るカウンターを仕掛けておく訳である。

もう一つの例を挙げる。持久力に自信のある選手が、1分を切る距離からアタックを仕掛けたら勝てるとする。
であれば、当然この選手は残り1分を切ったらアタックを掛けるつもりであるから、それを予測し、アタックに備えて後ろに潜り込み、そのまま風除けに利用すればゴール直前に追い込んで逆転勝ちできるだろう。
あるいは、1分を切ったところでアタックするであろうから、その前にこちらが先にアタックをして前に出てしまえば、相手の選手はその位置からアタックしても逃げ切る事が出来ず、潰される。

チームで数名の選手がいれば、トレインを形成するのは確実であるから、その前や中に早いうちにもぐりこんでトレイン形成を防ぐあるいは利用する事は容易に想像できる。

これは一例に過ぎないが、スプリントやアタックには、一種のセオリー、決まり易いパターンがあるから、それを見込んだカウンターを仕込む事が有効である。

また、カウンターにもやはり一種のセオリー、決まり易いパターンがある。アタックを潰した後のカウンターアタックなどは典型である。


 予測と精度の悪化

予測は、比較的少ない行動であれば予測し易い。例えば分かれ道が2つあれば、どちらを進むかは1/2である。しかしその分かれ道の先に更に2つの分かれ道があれば、道は全部で4本、確率は1/4になる。深追いし過ぎると、予測の予測が重なり、その的中確率がどんどん低下していく。当たらない予測は役に立たないとも言える。

例えば、A選手がアタックを掛け、B選手はこれを予測して潰すだろう。するとC選手がそれを利用して飛び出すだろうから、自分はC選手の後ろに潜り込むべく準備をし・・・では、本当に的中したら格好いいが、その確率は低いだろう。

そのため、ある程度の確率が見込める程度の予測に留めるか、取られ易いであろう行動を中心に予測し、的中精度を高める方法がある。

中には、ある一つの行動(例えば前に出るというシンプルな動作)をとるだけで、可能性の高い2〜3つの敵の動きに抑止が働く事もある。このような影響の大きい動きを優先するのも一つだし、リスクは高いが見返りも大きい動きに賭けるのも一つである。


 予想外の威力

アタックは掛けどころがあり、各選手がそれを計算して予測や作戦を立てるが、これとは全く違うポイントで突然動きを見せると、周囲の作戦、特に前提としている条件が一気に変わってしまい、大混乱に陥らせる事が出来る。この大混乱の威力はかなり強く、無計画になった選手は戦力が一気に低下するといっても過言ではない。

当クラブの例を挙げるが、スプリントに自信のある選手を、なんと自信の無い選手が突如アシストして前を引き出したため、他の選手が一気にパニックになり、慌てた追撃合戦で早いうちからレースが動き、スタミナの消耗とけん制を利用して、この自信の無い選手が飛び出して勝利した、というケースがある。

むしろ、作戦は思ったとおりに動かず、常に予想外の展開に傾いていくものであるから、この大混乱の中からいかに作戦を組み立てなおし、対処するかに掛かっているとも言える。


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