平地力 
高速で走りぬくために
平地力とは、平らな道を速く移動する能力の事である。あえて「平地」と記したが、自転車での移動は普通横への移動である為、極端な登り坂を別として、その人の移動速度と言い換える事が出来る。

タイムトライアル種目など、一定距離を短時間で走破する種目にとっては最も必要な能力であり、トライアスロン競技ではほぼこの平地力が問われる。前述の通り、移動力はすなわち平地力であり、自転車にとっての根幹となる能力である。

 速度と空気抵抗
平地で出す事ができる最高速度は、その人の出す事ができる力(出力)と、その力で押し進む事が出来る空気抵抗が釣り合ったところである。

自転車は走行すると、空気の中を突っ切る事になり、そこに抵抗が生じる。この抵抗は低速のうちでは微々たるものであるが、速度が倍になると、抵抗は自乗に比例して増大していく。すなわち20km/hの抵抗を1とすると、40km/hでは4倍に、60km/hでは9倍に達するのである。

簡単に言うと、速度が上がるほどエネルギー効率が悪くなり、僅かな速度を上げるのに膨大な力が必要となる。

つまり、平地を走るスピードを上げるという事は、より空気を押し退けて進むだけの力を獲得する事と等しい。


 エネルギー効率の悪化

空気抵抗は速度の自乗に比例して増大していく。その為高速になればなるほど、1km/h速度を上げるのに必要な力が大量に増加していく。

左のグラフは、その関係を表している。このグラフの例の場合、時速10〜30km/h程度までは出力100w程度で済んでいるが、40km/hになると200wに達し、50km/hになると一気に400wにまで達している。

つまり、20km/hで50w、30km/hで100wなのだから、40km/hは150wだと感じ易いが、正しくない。
重量挙げでは、力が50kg強くなれば、当然持ち上げられる重さも50kg増えるが、自転車の場合、前述のように「空気抵抗」が自乗に比例して増加する為、100w力が強くなっても、100w分速くなるという事は無く、高速になるほど、力の割りに速度が上がりにくい。

上のグラフの場合、30km/hの力(100w)に100wを加えると、速度は約10km/h増加するが、40km/hの力(200w)に100wを加えると、速度は約6km/hしか上昇しない。

空気抵抗は自乗に比例するから、30km/hを40km/hに強化したい場合は後100w必要だが、40km/hを50km/hに強化したい場合は、倍の200wが必要となる。


 筋力と持続力

ここで上げるパワーとは、「スピードを上げる力×持続時間」である。いかにスピードを55km/hまで上げる力を持っていても、持続せず3分で失速してしまうのでは、平地を高速で駆け抜ける事が出来ない。
逆に持久力が優れていても、力不足でスピードを50km/hまでしか上げる力しかないのであれば、そこで頭打ちとなる。

すなわち、空気抵抗を打ち破る力と、それを持続させる力の両方が必要である。

最低限、速度が上がるにつれ、必要となる出力が大幅に増加していくから、高速で走る事を実現するには、その空気抵抗を打ち破れるだけの力を身に付ける必要がある。前記グラフで言えば、50km/hで走り続けたいのであれば、400wの出力を出すだけのパワーが最低限必要であり、その上で、その力を長時間に渡って出し続ける持久力が必要である。

 体重との関係

高速閾では余計にエネルギーが必要となる為、上がる速度以上に沢山の筋力が必要となり、結果体重が大幅に増加し易い。全体的に平地を得意とする選手は筋肉質であり、筋力を付け易い人は、平地の高速走行に向いているといえる。

しかし、筋力(つまり体重)が大幅に増加すると、その分登り坂の速度が低下する傾向が見られる。
徹底的に平地力を求めるのであれば、特化選手として、登坂を捨てる覚悟も必要になってくる。
逆に、登坂力も強化したい場合は、過剰な体重増加に速度向上をあまり求め過ぎる事は出来ない。

速度が速いほど過剰に筋力が必要となる為、逆に言うと、その高速をある程度捨てれば、大幅に筋力を減らす事が出来、登坂力が回復する。

高速閾での体重増加との兼ね合いから、効率の良い所で速度にフタをして、余剰な体重増加を抑えるのも、重要な脚質の決定判断である。


 心臓でパワーを得る

しかし中には、高速閾に必要な高出力を、筋力でなく、心臓で生み出すケースがある。例えば前記のグラフでは、50km/hに必要な出力は400wであるが、筋力は600〜1000w以上は問題なく発揮できる力を持っている。問題は、それが持続できるかである。

つまり、持久力に優れた選手は、その高い持久力によって、より高い負荷を出し続けても、それを持久し切る事が出来る。

このような選手は、筋肉自体は大きくない(体格もがっちりではない)のに、高速で走り続ける事が出来るのが特徴である。
今日では、筋力を存分に発揮して超高速で走る選手が登場し強さを示しているが、かつてはこのような持久力タイプでも、体格のがっちりした選手と肩を並べ、それどころか破ってしまう事も珍しくなかった。

このような持久力に優れた選手は、筋力に頼らない分体重が低い為、登り坂も(その持久力の高さも加わって)速いという特徴がある。これがいわゆる、オールラウンダーである。
持久力に優れる選手、つまり心臓や肺、血液に優れる選手は、「高速を低体重で実現できる」為、オールラウンダーに向いている。あるいは、筋肉が付きにくい選手は、それを持久力で補う事で高速を実現できる。

しかし、いかに持久力が優れるからといって、筋力をことごとく痩せ細させるのが良い訳ではない。実際、いかに持久力に優れようとも、筋力が不足するクライマーなどは、平地で高速を維持する事ができない。クライマーはタイムトライアルや高速レースを苦手とし易い。つまり持久力だけに頼ればよいというものでもない(ただし、登坂力の強化を目指す場合は、平地の速度を捨て、体重低下を徹底するケースもある。これは「登坂力」の項にて詳細する)。

この辺りは、先ほどの体重との関係を考慮し、筋肉をどこまでつけるかを探っていく必要がある。なお、ロードレーサーの場合、その体重はBIM値にしっかり収まっている事が多く、この辺がオールラウンダーのちょうど良い体重バランスと見ることが出来る。


 空気抵抗を減らす

空気抵抗を打ち破る為に、出す事が出来る力を増やすのが平地力の強化であるが、一方で、この空気抵抗そのものを下げる事が出来たら、より少ない力で高速で走る事が出来る事になる。

その実、空気抵抗を減らす事は可能である。むしろ出力強化と同時に、この空気抵抗をいかに抑えた走りを身に付けるかが重要な要素であり、内容としてはライディング技術に含まれる。

そもそも、ドロップハンドルは空気抵抗を抑える為に考えられたハンドルである。空気抵抗が最大の障害となるということは、その障害を出来るだけ取り除けば、すなわち速度が上昇する事を意味する。

その空気抵抗を生み出している、最大の犯人はライダーである。車体そのものに比べて、圧倒的な抵抗となるライダーが、いかに風の抵抗を減らすかは、そのライダーの速度に影響する。


 主な空気抵抗

空気抵抗は、その空気のぶつかる面積と、その空気の溜まりやすさに影響を受ける。

●上下の空気抵抗
通常の、ブラケット部分を上から持っただけの状態を基準とすると、ドロップハンドル部分を握って走るだけで、体が大きく前傾し、低くなり、抵抗が75〜80%に低下する。なお、低くしまくれば良いというものでも無い。ポイントは後述する。
同じ理屈で、エアロバーも同様に姿勢が前傾になる為、風が当たる面積が狭い。

●左右幅による空気抵抗の低減
空気抵抗は、上下幅を小さくするより、左右幅を小さくした方が、より抵抗が減少する。上下の場合、下に地面が存在する為空気が逃げられないが、左右の場合は空気が逃げやすい。

つまり、肘や膝を外側に突き出して走る事は、空気抵抗を増やしている事に他ならない。特にエアロバー装着時に顕著だが、肩をすくませるませるようにして、肩幅を狭くする事も効果が高い。ハンドル幅を小さくする事も、タイヤ幅を狭くする事も、全て空気抵抗低減に繋がる(ただしハンドル幅が狭いと、ハンドル操作が難しくなり、また息苦しくやりやすい為限度がある)。

●腰に出来る空気溜まり
パラシュートのように、空気が逃げにくいような形状は空気抵抗が大幅に増える。自転車の場合、このような効果を生み出してしまうのが、腰回りである。
体を前傾させて抵抗を減らすが、その分腰部分は、上を体にフタされて空気が逃げられない。加えて脚もある為、下にも逃げにくく、どうしても空気が溜まりやすい、ライダーが生み出してしまう最大の空気抵抗である。

エアロバーは、この空気抵抗を解消する効果がある。体を前面に投げ出す事で、ハンドルと腰の距離を短くし、ここに空気が溜まりにくくする。更に腕を前に突き出す事で、左右に完全な空きを作り、空気を逃がす事が出来る。

この理屈を考慮すれば、エアロバーでないドロップハンドルでの走行時にも、出来るだけこれに近い条件を導く事で、抵抗を抑える事が出来る。

 車体の空気抵抗

ライダーに比べれば微々たるものであるが、車体も当然抵抗となる。とりわけ、その車体の空気抵抗を取り除く為の形状をした用品が多く市販されている。

●ホイール
主に、リムとスポークとタイヤ幅が空気抵抗に影響する。リムは、高く滑らかな、いわゆる「流線型」になっているほど、空気を乱しにくく抵抗を生み難い。形状にもよるが、リムが長いものほど抵抗を抑えやすい。
スポークは、それ自体が回転している為空気をかき回しやすい。その為、進行方向に対し平らにした、エアロスポークがある。また強度を高める事で、スポーク自体の数を減らしたり、あるいはリムとスポークを一回化し、完全にフタをして空気抵抗そのものが発生しないようにしたディスクホイールがある。

●フォーク・フレーム
フレームやフォークを流線型にする事で空気を乱しにくくし、抵抗を抑える。トライアスロン用やタイムトライアルは、抵抗を徹底的に落とした形状をしているが、通常のロードレースでは違反となる為使用できない。


空気抵抗が下がる量

速度が上がるほど空気抵抗が自乗して増えるという事は、逆を言うと、減らせる空気抵抗の量も、速度に自乗して増大する。

つまり、高速閾になればなるほど、空気抵抗を減らす効果が大きい。
単純に、時速30km/h(100w)で空気抵抗を10%(10w)抑える事に成功した場合、40km/hでは20wに、50km/hでは40w分の抵抗削減を達成する。40w分抵抗が減れば、当然40w分速度が上がる。

これは裏を返すと、低速ではあまり空気抵抗の減少は効果を得にくい。極論、時速0km/hでは抵抗は0であり、どんな姿勢をとろうが抵抗は減らない。

つまり高速閾では、多少車体重量が増加したり、姿勢が苦しくとも、それ以上に抵抗が減るのであれば、それを選択した方が効果的である。

一方で、高価なディープリムやエアロバーを装着して走行しても、その速度が30km/h前半程度であれば、あまり恩恵がない、ほとんど気付かない程度である。その為、浅いリム、エアロバーの撤去など、軽量化をした方が楽である事もある。

全体的に、走る距離が短いほど速度は上げ易いので、空気抵抗を積極的に減らす恩恵が大きい。姿勢は苦しくとも、短い距離なので、ガマンして走った方が効果的である。
逆に走る距離が長いほど速度は落ち易いので、楽な姿勢で走り、エアロ化よりも軽量化を施した方が効果的である。


 風洞実験

このような影響から、選手は空気抵抗が研究できる風洞実験室を利用し、最も空気抵抗が抑えられるフォームなどを身に付ける。

が、一般的には当然風洞実験など出来ないので、これに変わるものとして、坂道を利用するとある程度研究が出来る。
ある坂を同じ速度で進行し、その後はペダルで加速したりせずに、体の姿勢などだけで抵抗を変え、速度を確認する。

特に、坂を下ってもそれ以上加速しない状態(つまり速度と空気抵抗が釣り合った状態)で実験すると、成果が顕著に確認出来る。抵抗が増えれば減速し、抵抗が減れば加速する。抵抗が減るフォームで加速し、それ以上速度が上がらなくなったら、更にフォームをいじり、より加速する姿勢などを研究する。

登坂練習で、何度も坂を下るときなどに、合わせてフォーム練習をするとよい。


 コースマネジメント

詳細は、「平地ライディングテクニカル」の項について記すが、全く同じオートバイに乗って運転しても、走るたびにタイムが上下するように、そのコースを「無駄なく」走る事も、平地の移動力として現れてくる。

自転車ロードレースの場合、選手の体力(すなわち動力)を強化するのが一番影響が大きいから、このライディング練習を見落としがちであるが、高速で走るほどカーブは曲がりにくくなり、ブレーキングやアクセラレーションがタイムを左右するようになり、無駄なコース取りがタイムロスを生むようになる。

全くの一直線な道ではあまり関係ないかも知れないが、実際の所タイムトライアルは曲がりくねったコースを採用し、「ライディング力」も影響するように作られている事も多いし、それこそロードレースともなれば、一直線が200km続くなどという事はまずない。

jまた、同じコースでも、無駄な走りをすれば距離が増える。例えば一周1000mと公式されているコースで、1001mを記録した選手は、その分無駄なラインを走った事を示し、999mだった選手は、その分無駄の無いラインを走った事を示す。

これは平均速度でも同じ事が言える。タイムに対して平均速度が高い場合は、速い割にタイムが悪い=無駄な走行が目立った事を表し、タイムの割りに平均速度が低い場合は、遅いながらも効果的に走行した事を表している。

鍛え上げた肉体の上に、無駄の無い完璧な走行技術を身につけて、初めて、究極の平地力が身に付く。

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